• KNOWLEDGE
  • ビジネスモデル
  • 気候変動
  • 技術
  • 生物多様性
2024年4月23日 08:45

学びシリーズ第23回「日本の里海を世界へ」石森康一郎氏

2023年8月18日に「日本の里海を世界へ」をテーマに第23回オンラインレクチャーを開催しました。
  • コピー

「学びシリーズ」は、DO!NUTS TOKYO公式アンバサダーの皆さんに向けて行われるレクチャーであり、若者アンバサダーとして活動を行っていただく上で参考になると思われる知識の習得や、ご自身の考えをより深めていただくことを目的としています。

第23回目は、2023年8月18日(金)に、Value Frontier株式会社代表取締役の石森康一郎氏を講師にお迎えし、「日本の里海を世界へ」をテーマに開催しました。

■レクチャーレポート

1.ポイント
  • 現在、地球のキャパシティを超えるボリュームで存在する化学物質が多い
  • 気候変動と生物多様性は密接に関わっており、並行して解決に取り組む必要がある
  • 海洋生物多様性のための取り組みのひとつが「里海」
  • 里海は、宗教観に由来する、自然との共存を図る日本古来の概念・実践である
  • メキシコのカリフォルニア湾では、人工漁礁の設置による海洋生物の生育拡大を図っている
2.サマリー

昨今議論されることの増えた「気候変動」は、地球上における「生物多様性」にも甚大な影響を及ぼしています。たとえば、陸上では、アザラシの捕獲時期が縮小したために海氷の縮小によりホッキョクグマの個体数が減少していますし、一方海洋でも、CO2が海洋に溶け込むことによるサンゴの白化現象(= 死滅)が多くみられるようになっています。

地球の、物質に対するキャパシティを示す指標に「プラネタリー・バウンダリー」というものがあります。これを元に現在の地球の様子を見ていきます。
人間の努力によって、化学物質の排出を抑え、キャパシティオーバーの状態からキャパシティ範囲内に戻った抑えた物質ものもあり ます(オゾンなど)。しかしながら、以下のいくつかの要素においては、大幅にキャパシティを超え、地球と地球上の生物多様性が逼迫しているのが現状です。

・Novel Entities (新しい化学物質)
→マイクロプラスチックの流出などといった環境被害の加速を招いています。

・Climate Change (気候変動)
→森林伐採や火災による森林面積の減少はや森林火災、ひいては動植物の生育地域縮小に繋がります。

・Biogeochemical Flows (窒素とリンの多様)
窒素の影響:肥料としての使用や家畜糞からの放出により、温暖化を促進します。
リンの影響:肥料としての用いるリンが、農地、河川等を経て海洋に流出し、富栄養化を進め、結果海洋生物が低炭素により死滅する恐れがあります。

これらの事例からも明白ですが、「気候変動への取り組みと併せて、生物多様性保護に向けた取り組みも同時に必要である」との見方が強くあります。

この生物多様性のうち、海洋生物多様性に向けた日本的な取り組みが、今回のトピックである「里海」です。

里海は、日本古来の宗教である「神道」にその概念の多くが由来します。神道においては「八百万の神」が存在し、つまりは多神教のひとつです。
様々な神を自然界と紐づけて捉える日本人にとって、自然は古くから崇める対象でした。
比較として、他の世界的な宗教を考えてみましょう。世界的な宗教の多くは一神教となります。た とえばキリスト教も一神教で、自然は神が作ったものと考えられています。人間と相反する存在と して位置付けられ、そのために「共存」の意識は薄く「支配下」であったと言えます。自然保護に 向けた動きのなかでも、人間の生活地域と「自然保護区」のようにそれぞれを区別することが多 く、ここにも「共存」の感覚はあまり見受けられません。

里海の実践例としては、ビーチクリーンやサンゴの再生、また、藻場や漁場の再生などがあります。

そして現在、里海は遠く離れたメキシコの海でも実践されています。
メキシコの西側・カリフォルニア湾では、漁獲量の減少が問題となっています。また、その種類も 減少し、多くの種が絶滅の危機に瀕しています。生物多様性の観点からはもちろん、漁業で生計 を立てている人も多く、多くの意味で放置すると深刻さを増していく課題です。
別の問題として、採貝漁業が盛んで、剥き身後に残る貝殻の堆積が止まりません。これはカリフォルニア湾を囲む近隣の州湾でも同様です。

そこで取り組んだのが、JFシェルナースという人工漁場漁礁を海底に設置するという解決策です。
シェルナース自体は牡蠣などの貝殻を再利用した立体格子のようなつくりをしており、そこにある網目に貝殻を取り付けて漁場人工漁礁 として活用していくというものです。牡蠣などの貝殻を再利用することで堆積問題の解決に貢献するほか、焼却処理が不要になることで、化石燃料の使用、つまりは地球温暖化の促進を防ぐことが できます。

この人工漁場漁業はどのように機能するのでしょうか。
まずは貝殻同士の細かい隙間に、エビやカニなどの海洋小型生物が棲みつきます。これらは魚の餌であるため、魚の生育の場となっていきます。
人工漁場漁礁は一般的にコンクリートの囲いのようなもので作られますが、これと比較しても大幅に飼料生物の生息が見られ、効果が期待できるのです。

実際のカリフォルニア湾での実践では、シェルナースを150個積むエリアと50個積むエリアを作 り、2つの大きさの漁場漁礁を設置しました。
いずれにも魚が多く寄ってきて生育エリアとして盛んにはたらくほか、現地の漁業従事者とともに実践することで仕事も生まれ、一石二鳥です。

また、これらを維持していく目的で里海協議会が設立されました。そういった組織の運営といった ところから、実際にどのような具体策で維持を図るのか、また、里海についての理解を深める目 的など、この取り組みを発起した岡山県の方々とメキシコの方々で協議が行われています。

今後の予定として、カリフォルニア湾だけでなく近隣の海洋地域やカリブ海などでも同じ実践の可能性を考えて進められています。

3.感想

私自身は環境問題、そして気候変動に大変関心があります。アンバサダーの多くもそうだと思っています。一方で、密接に関連しているはずの生物多様性に意識的に目を向けたことがあまりなかったことを痛感しました。森林火災など、気候変動による被害のニュースはたくさん入ってきて、たとえばオーストラリアの火災ではコアラの生息地域が失われたなどの報道内容がありましたが、それを生物多様性と結びつけて捉えられていなかったなと感じています。

そして、この里海の実践に関しては、日本がリードする価値のある施策であり、非常に実践の意 義が高い取り組みであると思います。たまに話題になりますが、日本人は当たり前の活動として ゴミ拾いをしたり、自然を敬ったりする傾向がありますよね(残念ながら街中でそうとは言えない様子も多々見受けられますが)。この、「取り組まなければ」という意識に一辺倒ではなく、生まれながらの感覚をもって、無意識のうちに自然との共存を望む姿勢を持っていることが、この取り組みへの自然で内発的な共感を得ることができるのではないでしょうか。

4. 同世代に伝えたいこと

気候変動はどこか身近なトピックなのに、生物多様性となると疎く感じる人も少なくないと思いま す。ですが、考えてみると当たり前に密接で、切り離せない課題であるということをぜひ知ってほ しいと思います。

そして、私たちの自意識の中に眠る行動の理念や概念が、これらの課題の改善に活用できると いうこと、身近にも大規模なものから小規模なものまで実践例はあり、遠く離れた取り組みではないということを知り、生活の中でもできる小さな行動をたくさん見つけてもらえたら嬉しいです。


【講師】
石森康一郎/
Value Frontier株式会社 代表取締役

立教大学経済学部卒業。アメリカ・デンバー大学ジョセフ・コーベル国際研究大学院修士課程(M.A. in Technology and International Public Policy)修了後、イギリス・サセックス大学科学技術政策研究所博士課程(D.Phil in Science and Technology Policy)単位取得中退。この間、スイス・国連軍縮研究所及び国連環境計画でインターンを行う。

一般財団法人 国際開発機構国際開発研究センターで水資源問題研究に従事後、独立行政法人 国際協力銀行プロジェクト開発部開発事業評価室で上水道、下水道、灌漑事業を担当。
2006年にValue Frontier(株)設立、代表取締役就任。
日本評価学会認定評価士。
LEAD(Leadership for Environment and Development、本部:ロンドン)フェロー。

【レポート執筆】
澤 愛乃/第3期若者アンバサダー

神奈川県出身。大学内では大学公認フィールドスタディ愛好会UN:LIMITED 2022年度副代表を務めたほか、
・NewsPicks 第4期 Student Picker
・2022年8月~2023年7月までカナダに留学


【関連記事】学びシリーズ第1回「持続可能社会ってどんな社会?」

【関連記事】学びシリーズ第2回「ゼロエミッション東京戦略」

【関連記事】学びシリーズ第3回「気候変動と土地利用」

【関連記事】学びシリーズ第4回「有機農業が育む生物多様性と地域資源活用」

【関連記事】学びシリーズ第5回「生活者を巻き込む森づくり」

【関連記事】学びシリーズ第6回「家では何ができるか?そのリアリティ」

【関連記事】学びシリーズ第7回「あなたの1円が社会や未来を変える!?」

【関連記事】学びシリーズ第8回「SDGsを活かした地域づくり」

【関連記事】学びシリーズ第9回「みんな参加型の循環型社会」

【関連記事】学びシリーズ第10回「水産資源の現状とMSC認証制度について」

【関連記事】学びシリーズ第11回「地域でSDGs・ゼロカーボンを実践し、世界につながる」

【関連記事】学びシリーズ第12回「葛西臨海公園 生態系観察会」      

【関連記事】学びシリーズ第14回「郵便局とともに作るサステナブルな未来」